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南アフリカで外国人が車を運転するには?(運転免許のお話)

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先日、プレトリアのタイ大使館に行きました。 11月に運転免許更新のためにタイに戻るのですが、そのためのビザ取得についての説明を聞くのが主な目的でした。結局、観光ビザというか、ビザ無し30日のままで免許を更新できるのかできないのか、色んなサイトを見ても判然としないので、配偶者ビザを取っていくことにします。 タイの配偶者ビザは、どこにあるタイ大使館かによって、必要書類等が違ってきます。なんどもプレトリアまで行きたくないので、書類をもらいがてら話を聞いてきた次第です。 さて、本題ですが、南アフリカは、外国人は(永住者を除き)南アの運転免許を持つ必要がありません。そのかわり、どの国の免許でも運転することができるという不思議な国です。 その人の国籍と免許発行国も一致している必要はありません(だから、私もタイに戻って免許の更新をするわけですが)。ただし永住権を持つと、運転免許の切り替えが義務になります。 詳しくは日本大使館のサイトをご覧ください(南ア運輸省の文書もあり) 運転免許が英語以外の言語で書かれている場合、当該の大使館に行って免許の「翻訳証明」を出してもらう必要があります。 タイの免許はタイ語・英語併記ですが、警察がごねる時がある(過去に併記の英語がタイ語の翻訳かどうか分かんねえだろ、と言われたことあり)ので、大使館で証明を出してもらいます。 日本の免許も同様の扱いですが、日本大使館で翻訳証明を出してもらう場合、翌々日の発行で、250ランドの手数料がかかります。タイ大使館は即日発行(自分のときは30分待ちぐらいでした)で、無料です。 在プレトリア日本大使館(主な証明事務のご案内)
「翻訳証明」と「パスポート」、そしてオリジナルの運転免許の3点セットで運転できることになるというルールです。 パスポートも、原本である必要はなく(盗難や強盗で無くしてしまうは怖いですよね)、認証のある写しでOKです。認証は最寄りの警察署でやってくれます。原本と写しを持っていくと、写しに「これは原本と同じですよ」というスタンプを押してくれます。 南アフリカでの外国人の運転免許については、色んなサイトが違うことを言っていますので注意しましょう。 どの「公式情報」が正しいのやらというのは「南ア政府あるある」なのですが(また機会があったら娘のビザを巡っての話も書きます)、それに輪をかけて、一般人のブログも適当なことを書き飛…

「自立生活事業を通した障害のあるメンバーたちの成長」

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また、古い原稿ですが、昨年4月に(財)日本障害者リハビリテーション協会の「月刊ノーマライゼーション」2017年4月号に載った原稿が、ウェブに掲載されていますのでご紹介します。

ワールドナウ「南アフリカ:自立生活事業を通した障害のあるメンバーたちの成長」

 掲載前に上司に見せたら、「暗いけど宮本くんらしくていいんじゃない」という微妙な反応だったような記憶が。。。

 短い文章なので、サラッと読んでおわかりいただけると思うのですが、やはりこの事業の「キモ」は、特別な役職者じゃない、地域に住む「普通の」障害者を集めて事業が成り立ったところでしょう。

 どこでもそうですが、人材発掘にあたってはクライテリア(採用条件)を結構厳しくつけます。でないと、事業がうまくいかないリスクがどうしても高まりますし、また、採用された、されないの基準が不透明になって不採用の人の不平等感も高まります。当然、汚職のたぐいも懸念されます。また、人件費を払うわけですから、それに見合っているという客観性も必要です。

 ただ、この事業では、それをわかった上で、壁を破ってみたかった。地域に実際にリアリティを持って暮らす障害当事者が事業を担うことで、はじめて事業が地域に根付く、というところを、ムジと私は目指しました。

 そして、それは、一定うまく行ったんだろうと思います。

 出会いは運ですよね。運が良かったところはあると思います。

 もし、半年早く事業が始まっていたら、彼らはまだリハビリ病院にいて、別の人たちが紹介されたかもしれない。そうしたらどうだったろうか。「IF」を問い始めればキリがありません。

 この原稿では、「サクセスストーリー」としてそうしたアプローチを紹介しています。確かに「サクセス」なのですが、この原稿が掲載されてから10ヶ月後、いざムジが急死してみると、脆弱なところが次々と出てきます。

ソウェト自立生活センターマネージャー、故ムジ・ンコシさんについて(2018.3.10)

 特に障害者団体や行政との関係維持といった政治的な立ち振る舞い、そして、NPO法人としてのマネジメント能力が試される日々が続いています。ムジはそこを全面的に引き受けていたので、私にもよくわかっていないところが多かったのが辛いところでした。

 スタッフ教育の必要性は日頃から彼も痛感していたのですが、取り掛かろうとした矢先に、す…

「ド素人がやってきた途上国とのおつきあい」(2005-6年の原稿)

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唐突ですが、2005年から2006年頃にかけてNPO法人コミュニティサポート研究所の雑誌『こむさ』に寄稿していた記事を久しぶりに入手できたので、ご紹介します。

 残念ながら『こむさ』は4号までで一旦休刊。長い沈黙の後、5号が出たようですが、再び休刊状態となっています。私の連載も1-4号まででした。そのため、やや尻切れトンボのようになっています。

 1990年代に何をしていたか、20代駆け出しの自分を振り返りながら、30代の自分が書いたものです。日本で暮らしているときはこんな事を考えてたんだなあとか。



 改めて読み返すと、どうも生煮えなところが多く、赤面するような内容です。字数制限とか、遅筆グセなど、生煮えにしてしまった言い訳はたくさんありますが、ご笑覧いただけるとありがたいです。

 なお、個人名を伏せるなど若干の修正をしています。また、4回の連載を1つにまとめるために、体裁を整えてあります。コミュニティサポート研究所の齋藤明子さんには、電子データでの原稿をいただくとともに、転載をご快諾いただいています。ありがとうございます。

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クロスオーバーNPO=行政のように縦割りにならないために
ド素人がやってきた途上国とのおつきあい

DPI日本会議事務局 宮本泰輔

 大学時代に留年(留学ではない)を2度経験した。1度目は3年生のときに分かっていたからショックはなかった。4年生のときに奨学金が切れて困ったけれど、5年生のときには復活した。2回目の留年は予想外のできごとで路頭に迷った。「6年生」なんて、小学校にしかないものだと思っていた。
 そのとき、なんとなく誘われるがままにDPIという障害者団体でバイトをしていた。その前から関わってはいたけれど、そこで働く人の個人的な介助者としてだった。とりあえず、たまに事務所にやってくる英語の手紙を訳したりしていた。ちなみにDPIとはDisabled Peoples’ Internationalの略で、日本語では「障害者インターナショナル」と訳している。詳しくは、http://www.dpi-japan.org(DPI日本会議)か、http://www.dpi.org(DPI世界本部)をご参照いただきたい。

 94年7月、初めての海外旅行に出かけた。93年から02…

ソウェトの中等学校で生徒たちと意見交換(2018.04.17)

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ソウェトのミードウランズ地区にあるモゴメ中等学校に、近所のピア・カウンセラーがアポなしで打ち合わせに行ったのですが、すぐにOKが出て、翌週に「啓発イベント」なるものを実施することになりました。

 事前打ち合わせの模様はこちらから。
ソウェトの中等学校訪問 (2018.04.11)

 アポ無しでいきなり行って、はい翌週、って普通はありえないですけどね。その辺り、地元同士の強みでしょうか。

 前日に、ピア・カウンセラーが「1時間も間が持つかなあ」と心配そうに言うので、

「1時間も話すつもりなの? 生徒に問いかけて、一緒に話すとかしたほうが、生徒たちも楽しいんじゃないかな」

と投げかけたら、「ああ、そういう方法もあるか」と気づいてくれたようです。

 さて、当日ですが、午後の時間、低い学年(日本だと中学2年とか)の子どもたちが講堂に集まってきました。福祉とかに関心のある高校生も何人か来ていました。

  講堂に入る前に、参加者名簿に名前を書いてもらいます。これが結構時間がかかる作業です。しかし、これを書いてもらわないと、こちらも行政に「〇〇人集まりました」と報告できないので必死です。

 なぜか、青インクはだめとかしょうもないルールがあるようで、青のボールペンを渡したらスタッフに文句を言われました。本当かなあ。



 真面目な生徒は前の方に来て、騒がしいのが後ろに座るのも万国共通でしょうか。一人話し終わると、口笛を吹いて、ヤンヤヤンヤの大騒ぎ。いちいち静かにさせるのもお約束、という感じです。




 話す内容は、介助者研修の触りのような感じです。障害者が地域で自立して生きることと、脊髄損傷とか脳性麻痺とかについてもちょこっと。

 自己紹介の後、 「自立ってなんだろう?」 という自立生活センターのメンバーの問いかけから議論がスタートしました。
 生徒たちが思い思いに「身の回りのことができる」などと答えた後、 「じゃあ、私は自立していますか?していませんか?」 と重ねて問いかけると、「あ、そういえば自立していますね」と察しのよい生徒もいたようで、それをきっかけに話が弾んでいました。
 残念ながら、ズールー語でのやりとりなので、私にはそれ以上理解ができなかったのですが。。。
 最後に、宮本もなにか喋れ、と無茶振りされたので、慌てて話をしました。
「日本から来ました。香港じゃないから、ジャッキ…

タイ大使館からソウェトの家庭訪問(2018.06.14)

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タイと南アフリカは、1993年12月9日に国交を樹立し、今年で25年になります。

在南アフリカタイ大使館ホームページ(英語)

 それを記念して、というのかどうか分かりませんが、タイ大使館から、ハウテン州のタウンシップ内の障害者住宅の改善(タイ人ボランティアと材料の提供)を検討したいので、一度視察したい、という連絡が突然入ってきました。

 まあ、タウンシップと言ってもさまざまだし、これまでタイ大使館の担当者があまりそういうコミュニティーの中に来たこともないようでしたので、まずは視察ということで、ソウェトにいらっしゃいました。

 ソウェトも全部をくまなく見て回るわけにもいかないので、ソウェト自立生活センターのピア・カウンセラーのントンバナさんに案内してもらいながら、ミードウランズ地区からオーランド地区にかけて、5軒の住宅を回りました。

 いつもの家庭訪問だったら、もう少し多様な住宅形態を見てもらったり、いろいろと工夫を凝らすところなのですが、突然ということもあり、みなさん同じような構造の住宅でした。そこが残念なところです。

 出入り口のバリアもそうなのですが、古くからあるフォールーム・ハウスと呼ばれる形態の住宅はトイレが外にあるので、多くの重度障害者が家の中でバケツで用を足します。そうしたところも含めて、驚くことが多かったようです。

 ソウェトだけなのか、他のタウンシップでもするのかなど、具体的な企画は今後詰めていくことになりますが、実施はおそらく8月の王妃誕生日以降ではないかと思います。ぜひ、企画が通って実現してほしいものです。



ソウェトの中等学校訪問 (2018.04.11)

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ハウテン州社会開発局の障害者団体向け補助金の条件として、「障害予防など障害に関する啓発活動」が義務付けられています。
 「目標人数」を予め団体と行政の間で合意しておいて、家庭訪問や学校訪問、地域活動などの参加者名簿を集めて、毎月報告を上げることになっています。目標人数を下回ると、次年度の補助金に影響するので、事務所を訪れたお客さんとかにも、名前を記入してもらったり、どの団体も長大なリストを作るのに必死になります。。。。なにか違うような。。
 南アフリカの行政って、とかくこうした表面的な人数とか数値にこだわるくせが強いです。
 「ノルマ」第一っていうやつですね。
 そして、ダブルカウントがないかとか不正がないかとか、そうしたチェックにやたら労力をかけるし、かけさせる。この数字の集合体が「社会開発局の補助金の波及効果」のように語られる現状には、疑問も多くあります。
 中身は何をやってもいいので、それぞれの団体の得意とすることをバラバラにやっている印象があります。
 さすがに優生思想バリバリなことを言っている団体はないようです。褥瘡予防とか、二次障害に取り組む医療的な講習をする団体もあれば、飲酒運転撲滅やシートベルトを付けようという社会啓発をしている団体もあります。
 ソウェトILCの場合は、ムジが「障害予防っておかしくね?」と常々言っていたので、「障害者の地域生活について話す。自分たちの活動について話す」ということに重点を置いています。それなら日常の家庭訪問も全部そうですしね。
 2ヶ所の自立生活センターについて言えば、人数を集めること自体は他の団体に比べて難しくありません。むしろ、入所施設や作業所のように箱物に閉じた活動をしている団体の方が大変そうです。そりゃそうでしょうね。
 昨日は、ソウェトILCのピア・カウンセラーであるントンバナの家の近所にある、彼女の母校モゴメ中等学校 (Mokgome Secondary School) に2人で行ってきました。ソウェトでも、ミードゥランズと呼ばれる区域です。
 昨日は啓発活動の本番ではなく、事前打ち合わせと言うか、校長あてのお願い状を持って担当の先生と話をしに行きました。でもアポなし。
 日本だとどうなんでしょうかね。学校側から依頼状が来て「話してください」というのはよく聞きますが、こうやって団体側から「話させてくだ…

日本と南アフリカの面積を比べてみた

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最近知ったのですが、The True Size Of...というサイトがあります(ひょっとして有名?)。

The True Size Of

 好きな国を指定すると、その国の形が切り取られて、ドラッグ・アンド・ドロップで他の国と重ね合わせることで、大きさや距離感が分かる!というものです。


 このサイトの優れたところは、極地に近づくに連れ、ドラッグされている画像が大きくなり、赤道に近づけば小さくなるので、メルカトル図法の弱点もカバーされる点です。なので、異なる国同士の面積を、簡単かつ割と正しいイメージで把握できます。

 今回、これを使って、日本と南アフリカを比べてみましょう。

 ちなみに、南アフリカの面積は122万平方km。日本は38万平方キロメートル弱なので、おおよそ3.2倍の差があります。3.2倍の差ってどんな感じなんでしょう?


 3.2倍もあるかなあ???という印象ですが、きっと目の錯覚なんでしょうね。

 赤線が南アフリカの国境です。フリーハンドが下手なので、ちょっと雑ですが。

 南アフリカに周囲を囲まれた山国、レソトは新潟、福島、群馬、栃木あたりに重なっています。

 この地図だと、行政府の首都があるプレトリアが函館か青森あたりで、立法府の首都のあるケープタウンが佐賀か長崎あたりになります。飛行機代が高いので、大抵の人はこれを長距離バスなり、自家用車なりで行くわけです。お役人や議員先生はもちろん飛行機。

 もう1つの司法府の首都ブルームフォンテンは能登半島の沖合ですね。江戸時代の北国廻船をちょっと変更して、瀬戸内に入らずに長崎に向かうような航路が設定できそう。

 せっかくなので、タイも重ねてみました。

 タイは51万平方km。日本よりは広いですが、2倍はありません。南アフリカはタイと比べると2.4倍の面積があります。

 こうやって比べて見ると、日本って、南北だけでなく東西にも長く伸びているのが分かります。